カテゴリ:ルーマニア( 16 )

 

「Brasov/ブラショフ」

ルーマニア第二の都市ブラショフ。
ドラキュラ城ことブラン城の観光拠点となることで立ち寄る人も多いが、
ブラショフ自体にも見所は多い。
「森の彼方の国」という意味の「トランシルヴァニア」地方と呼ばれるこの辺りは、
街を一歩離れると鬱蒼とした森に囲まれてる。
ここブラショフは12世紀初頭にドイツ人によって作られた町で、
この街の独特の雰囲気は「ドイツ風」であるようだ。

Piata Sfatului(スファトゥルイ広場)を中心に観光客向けの店やレストランが立ち並ぶ。
観光名所としては「Biserica Neagra/黒の教会」が有名だろう。
名前の由来は1869年のハプスブルグ軍の攻撃に遇い外壁が黒こげになったことから。
内部には1839年製の4000本のパイプを持つルーマニア最大のパイプオルガンがある。

また、黒の教会から更に進んでみると「Poarta Schei/スケイ門」がある。
この門によって街の中心部と隔たれた「スケイ地区」は移住してきたドイツ人達によって先住ルーマニア人達が移住を余儀なくされた居住地で、その中にはもうひとつの見所「Biserica Sfintul Nicolae/聖ニコラエ教会」がある。
これはルーマニア正教の教会で、敷地内にはルーマニア語で最初に教育が行われた「スケイ学校」というルーマニア最古の学校跡が現在は博物館として現存している。

もうひとつ忘れてならないブラショフ名物がある。
「Papanaci/パパナッシュ」というデザートでブラショフ以外ではお目にかかれない。
これはチーズ、小麦粉、卵を混ぜて揚げたドーナツに、チェリージャムとサワークリームをたっぷりかけたものである。
甘いもの好きにはたまらない一品。
ブラショフに来たからには食べないで帰るわけにはいきますまい。

at 2000 09/02 21:48
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by oppako | 2004-10-08 00:59 | ルーマニア  

「Castelul Bran/ブラン城」

「ドラキュラ城」と言えばわかりやすいだろうか。(笑)
ルーマニアと言えばドラキュラというわけで、ドラキュラ城のモデルとなったお城である。
ブラン山上にそびえ立つこの城、手前の林の木の隙間から見ると「いかにも」という感じである。
夕闇に見たらさぞかしムード満点であるだろう。(笑)
この城は実際にはドラキュラ伯爵ことヴラド・ツェペシュ串刺し公の居城ではなく、
祖父にあたるワラキア公ヴラド1世の居城である。
城の内部は見学でき、王の執務室などがある。
城の塔から見える周りの村の景色は私達がおとぎばなしの世界などで想像しているような
のどかな田園風景だ。
ルーマニアに来たからにはここに来るのはやはり「お約束」だろう。

ブラン城へはブラショフを基点にバス、またはタクシーチャーターにて。

城の前には観光客向けのお土産屋の露店が建ち並び、
おばさん達がのんびりと売り物になるセーターを編んでいる。
手編みのセーター1着が日本円で1000円前後と格安。
ここで買ったセーターがその後の北上の旅で暖かい味方となった。

at 2000 09/02 02:06
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by oppako | 2004-10-08 00:58 | ルーマニア  

「Casa Poporului/国民の館」

別名「野望の宮殿」
1989年の革命で処刑された故チャウシェスク大統領が作らせた宮殿。
その大きさは1km以上先の統一広場から統一大通りを通じて見てもかなり巨大に見え、実際に近づいてみるとあまりの大きさに息を呑む程だ。
世界の官庁・宮殿の中でもアメリカ国防総省ペンタゴンに次ぐ大きさ。
飢餓に苦しむ国民を犠牲にして成り立ったチャウシェスクの野望の大きさを見せ付けられたような感じであった。

現在は国際会議やコンサートにも使われ、旅行社のツアーに参加すれば内部の見学も可能だ。

at 2000 09/02 01:50
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by oppako | 2004-10-08 00:57 | ルーマニア  

「Bucuresti/ブカレスト」

ルーマニアの首都ブカレスト。
20世紀初頭には「バルカンの小パリ」と称されたこの地も
わたしが訪れた1998年には10年前に起った革命の名残もまだ見られ、
わたしがイメージしていたヨーロッパとは違う重い空気が感じられた。
「あー、これが社会主義なんだな・・・」という言葉が一番ピッタリ来るような雰囲気。
民主主義、資本主義経済にルーマニアが本当に移行したのは1996年。
まだまだ重さが残る街並みの中にも、これから発展していく可能性が感じられる街だった。
あれから2年、ルーマニアはどんな発展を遂げているのだろうか。
もう一度、何年後かに訪れ、この目でその様子を確認したいと思わせる街だった。

at 2000 09/02 01:43
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by oppako | 2004-10-08 00:56 | ルーマニア  

「黒海」

「黒海の東はソ連領で、それを過ぎるとカスピ海よ。またソ連領がつづいて、
サマルカンドとかタシケントとつながるわね。そして中国へ入る。
タクラマカン砂漠を越えてモンゴルの南あたりを通って、
朝鮮半島に辿り着くわ。朝鮮半島の東は、日本よ。」
という一節が「ドナウの旅人」(宮本輝著)にある。
この小説の主人公絹子は「黒海から昇る朝日が見たい」が口癖だった。
私がルーマニアに行った時になんだか妙な使命感を勝手に感じていた。
「黒海から昇る朝日を見なければならない。」
同じ大陸上で他国とつながっているという感覚は、
日頃島国日本に住んでいる者にとっては実感できない感覚だ。
初めて国境を意識したのはシンガポールからマレーシアに渡った時だ。
国と国が陸続きに道で繋がっている。不思議な感覚だった。
「国境」を隔てるだけで別世界なのだ。
地図や地球儀では遠く離れたヨーロッパ、そしてルーマニア。
黒海から昇る朝日を見た時にその向こうにつながり広がる
アジアを感じた時、大陸の大きさを感じて感動した。
日処る国日本、昇る朝日に東の果てにある日本を感じた。

at 2000 05/13 00:05
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by oppako | 2004-10-08 00:55 | ルーマニア  

ROMANIA~ルーマニア~

ドラキュラ・コマネチ・チャウシェスク。
これがルーマニアについての私の全知識だった・・・(^_^;)

ところが、ひょんなことから昨年のG.Wに、9日間かけて自由旅行で一巡り。

黒海から世界遺産の修道院からウクライナの国境まで、
もちろんドラキュラ城も革命の象徴国民の館も見てきた。

でも、一番印象的だったのは、帰りにウクライナとの国境の町から
13時間かけて夜行列車でブカレストに帰ってくる途中に見た
「夕日を浴びた丘を移動する羊飼いと羊の群れ」
車中からの一瞬の景色で写真にも撮れなかったけど、
あの景色を見る為にもう一度ルーマニアに行きたいと願っている。
今までに見たどんなに美しい景色や絵や写真よりも
印象的な一瞬だった。

at 1999 11/07 00:39
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by oppako | 2004-10-08 00:53 | ルーマニア