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カテゴリ:ルーマニア( 16 )

 

注意っ!!

ここに記載してある情報は98年4月現在の情報です。
記載日は2000年になっていますが、実際に旅行したのは98年の4月です。
現在とは政治・経済共にかなり状況も変わっていると思うので、
旅行前には最新の情報を確認して下さい。
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by oppako | 2004-11-22 00:58 | ルーマニア  

「ルーマニアでの両替」

銀行や両替商が町中にあるのでここを利用することになる。
基本的にはパスポートの提示を求められる。
日本円からの換金はほぼ不可能と思えばよい。日本から持って行くならUS$かDMが
便利である。
T/Cも比較的大きな都市の銀行等では両替できる。
取扱い会社としてはAMEXが比較的通用し易い。
ATMによるキャッシングはブカレストでは可能だが、地方都市ではほぼ不可能である。
クレジットカードについては中級以上のホテルなどでは使えるが、
あまり使えないと考えていた方がいいだろう。

at 2000 09/24 18:33
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by oppako | 2004-10-08 01:06 | ルーマニア  

「ルーマニアの通信」

ブカレスト市内の公衆電話については、コイン式ではなくカード式が多いので、
利用しする場合はテレフォンカードを購入すると便利である。
ルーマニアはインフレのせいで金額がかなり大きくなり、コインがあまり流通
していない国なので、まずコインを手に入れるのが大変かもしれない。(笑)
地方都市の公衆電話からも国際電話がかけられるので、通信事情はそれ程悪くない。

町には郵便局があるのでここで切手を購入し日本宛に葉書を送ると、
約1週間~10日程で到着する。

at 2000 09/24 18:32
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by oppako | 2004-10-08 01:05 | ルーマニア  

「ブカレストの市内交通」

ブカレストの公共交通機関はバス(Autobuz)、トロリーバス(Troleibuz)、トラム(Tramvai)、
地下鉄(Metrou)がある。

地下鉄以外は同じ会社の管轄なので切符は共通である。
バス等の切符はバス停近くにある切符売場(Casa de bilet)で事前に購入する。
料金は乗車区間に関わらず一律料金となっている。
乗車したら柱や窓際に付いているパンチ機で、各自切符をパンチする。
抜打ち検札があるので、必ず切符は購入すること。
ただ、切符売場が日曜日などには閉まっていることが多いので、その場合は周りにいる
ローカルの人に回数券を売ってもらうといい。
ローカルの人々は回数券を持っていることが多い。

地下鉄は路線図がハッキリしているので旅行者にとっても安易に乗りこなせる。
乗車前に改札にいる係員から切符を購入し、自動改札機に通して入場する。
切符は1枚で2回使えるので往復に便利である。
退場時にも切符を受け取る。

タクシーはメーターが付いていても倒さないことが多いので、事前に料金交渉が必須。
特に空港、駅、ホテル周辺には悪質な白タクが多いらしい。

基本的に他都市でもトラム等の乗り方は一緒であった。

at 2000 09/24 18:32
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by oppako | 2004-10-08 01:04 | ルーマニア  

「ルーマニアの鉄道」

ルーマニア国鉄の略称はC.F.R(Caile Ferate Romane)である。
ルーマニア国内をくまなく網羅しており、旅行者にとっても大変利用価値の高い
交通手段のひとつである。
時刻も正確なので、時刻表を手に入れれば旅行計画が建て易い。
各地にC.F.Rの支店があるので(日本のJRで言うと“みどりの窓口”)
チケットの購入も安易だ。

時刻表については、わたしが訪れた2年前は年に一度の限定発行だった為に
旅行者にとっては手に入れるのが大変困難で、乗り合わせた人で持っている人に
見せてもらい、書き写していたのだが、現在は駅やC.F.Rの支店で簡単に
手に入れられるようだ。

社内は基本的にはコンパートメント形式。
1等車は6人定員の指定席、2等車は8人定員の自由席であるが、
2等車は定員に関係なく座れるだけの人間が座っている。(笑)
寝台車がない場合も1等車は座席の椅子の部分がスライドし、それを動かすと
向かい合った座席がくっつきベッドのようになる。
見知らぬ人との雑魚寝状態になるが、空いている場合は他のコンパートメントに
移動すれば快適だ。
路線によりけりであるが、2等車は満員状態のことも多く、また物乞いの人や
執拗な物売りなども多いので、場合によってはやはり1等車に乗ることをおススメする。
ただ、乗車時間が短い路線などでは2等車に乗ってみるのも面白いのではないだろうか。
ローカルの人達とのふれあいもなかなか楽しい一時である。
どういうわけか、ルーマニアの人々は列車に乗るとかばんからナイフを取り出し、
パンとチーズとハムやソーセージを切り、いきなり食べ出す。(笑)
どのコンパートメントにもこの匂いが立ち込め、食欲がそそられる。

切符の購入の仕方は駅の窓口で買うか、各地のC.F.Rの窓口で購入する。
窓口では、と言うか、ルーマニア国内ではほとんど英語は通じないので、
ルーマニア語が分からないなら、紙に行先と枚数とクラスを書いて見せると確実である。
その場合、枚数とクラスの言い方ぐらいはルーマニア語を覚えていた方がいいだろう。
ブカレスト・ノルド駅などは発券が機械化されているが、各地方では手書き発券となる。
かなり行列ができる場合があるので、窓口で購入する場合は
早目に駅に行く方がよいだろう。

at 2000 09/24 18:31
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by oppako | 2004-10-08 01:04 | ルーマニア  

「ルーマニアのホテル」

首都ブカレストには国際的ホテルチェーンの5つ星クラスのホテルもある。
首都だけあってホテルの価格はかなり高いが日本から比べるとやはり安い。
3つ星クラス以上では支払は外貨(US$)建てになっている所が多く、
クレジットカードの利用も可能である。
ハッキリ言って治安が安心とは言い切れないので、ブカレストに滞在する時ぐらいは
ちゃんとしたホテルに泊まった方がよいのではないだろうか。
3つ星以上のホテルだとかなり英語が通じるので、情報収集にもよいかもしれない。

地方都市ではホテルは少ない代わりにプライベートルームが充実している。
駅などに降り立つと呼び込みの者が声をかけてくるので話を聞いてみるといいだろう。
中でもブラショフ駅のグレッグ&マリアという夫婦のプライベートルームの呼び込みは
有名で実は私も世話になった。(笑)
かなり強引に押してくるので、この2人組については賛否両論であるが、
私の場合は結果的にはブラショフ~ブラン城の観光もスムーズに行き、
また、シギショアラ、スチャヴァの宿の紹介等もしてもらえ大変役に立った存在だった。
ブラショフでのプライベートルームは公団のような団地の1軒を他の客とのシェア、
シギショアラでは個人のお宅の1室、スチャヴァではペンションのような所を
紹介してもらった。連絡がちゃんと行き届き、駅に到着すると名札を持って
ピックアップに来てくれていて、その後の観光なども手配でき大変便利であった。

at 2000 09/04 00:43
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by oppako | 2004-10-08 01:03 | ルーマニア  

「Constanta/コンスタンツァ」

黒海沿岸の街コンスタンツァ。ここはルーマニアの貨物輸出入の半分以上を担う港街だ。
この街の歴史は古く、それは紀元前6世紀のギリシア時代まで遡る。
その後も港街として栄え、4世紀頃にはローマのコンスタンチヌス帝の名前を受け、
この街はConstantaと呼ばれるようになった。
この街にはギリシア、ローマ、ビザンチン時代の遺跡が今も多く残っている。
また、現在も軍港がある為、軍事施設近辺での写真撮影は禁止されているので注意したい。

ブカレストからの列車の旅の途中にはドナウ河も越える。
遙かドイツ、オーストリアなどを越え流れてきたドナウ河はここルーマニア
同じ黒海沿岸の街スリナで黒海にそそぎ終点を迎える。

at 2000 09/04 16:28
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by oppako | 2004-10-08 01:02 | ルーマニア  

「Cimitirui Vesel/陽気な墓」

その名の通り「お墓」が観光名所となっている。(笑)
ウクライナとの国境マラムレシュ地方の中心地である
Sighetu Marmatiei/シゲット・マルマツィエイから西へ更に16kmの
Sapinta/サプンツァ村にあるこのお墓。
なにが観光名所にさせたかと言うと、ここの墓標は故人の生前の職業や生活について
陽気にカラフルに彫刻として施されている。
そもそもは1935年にスタン・イオン・パトラシュさんが始めたのがきっかけ。
ピアノの先生、編み物好きのおばさん、羊飼い・・・その彫刻を見ると
生前のその人と姿と生活が見てとれる。
現在はスタンさんのお宅がスタン・イオン・パトラシュ記念館として開放され、
またそのお子さん達が今も新しい墓標を掘り続けている。
わたしが訪れた時も雨そぼる中だったが、なんだかこの陽気なお墓を前にすると
お墓独特の暗い怖さは全然感じられなかった。(笑)

Sighetu Marmatieiから車で30分程度。川向こうはもうウクライナという国境を走る。
島国日本人にとって、川を隔てて他国が見えるというのはなんだか不思議な感覚である。
Sighetu Marmatieiまでの列車の旅は山を越え、はるばる国境の町へ来たという気分が
十分に味わえる旅。旅も終盤にさしかかり、ふと自分がとても遠い所に来たのだなと
初めて他国に来てホームシックになった気分を味わった町だった。(笑)

at 2000 09/04 00:11
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by oppako | 2004-10-08 01:01 | ルーマニア  

「Cinci Manastiri Bucovinei/五つの修道院」

ユネスコ世界文化遺産としても有名なブコビナの五つの修道院。
これらを世に知らしめる原因となったのは、その外壁を覆う美しいフレスコ画の壁画である。
ルーマニア観光のハイライトとも言えるこの世界遺産、見逃してはならないポイントだろう。
実際には8つの修道院が現存しているのだが、
中でも特に壁画が美しい5つの修道院が有名である。

1.「Manastirea Sucevita/スチェヴィツァ修道院」
(但しここは世界遺産には含まれてない)
最大の大きさと敷地を誇る修道院。「天国の梯子」の壁画で有名である。
異端者の顔はすべてトルコ人の顔で描かれているあたり、
当時のオスマン・トルコとの政情を覗えておもしろい。
他には「聖人伝」「エッサイの樹」「最後の審判」などが描かれている。

2.「Manastiri Moldovita/モルドヴィツァ修道院」
ここの壁画の特徴は戦闘場面が描かれていることである。
ペルシャ軍襲来がモチーフなのだが、どう見ても兵士の顔や装備はトルコ軍。
当時のオスマン・トルコへの脅威が垣間見れる壁画である。

3.「Manastiri Arbore/アルボーレ修道院」
小さい規模ながらも美しい壁画が残っている。
ここに描かれているのは「聖人たちの生活」「創世記」である。

4.「Manastiri Humorului/フモール修道院」
ここの修道院の壁画はブコビナ地方修道院群の中で
唯一、壁画を描いた画家の名前が分かっている。
しかし、ここの壁画は保存状態が悪く、判別不能状態なのが残念である。
南面は見ることができ、この絵は「コンスタンチノープルの包囲戦」で、
ここでもまたトルコ人が敗者として描かれていることに注目したい。

5.「Manastiri Voronet/ヴォロネッツィ修道院」
ここの「最後の審判」は修道院群の壁画の中でも最高傑作と称されている。
この絵に対する気合の入り方は入り口の方角さえ変えてしまう程である。
通常キリスト教会堂の入り口はすべて西側に設けられている。東方エルサレムに向かって祭室があり、十字架が安置される為に、入口は西方を向く構造になっている。
しかし、ここの入口は「最後の審判」を描ききる為に西方にはない。
そのような例外をおかしてまでも描ききった「最後の審判」。見ないわけにはいかないだろう。

これらの壁画が描かれた目的は「目で見る聖書」であった。
文字が読めない人々にも壁画を通じて布教したのだ。
この背景には当時の政情が大きく影響している。
当時はオスマン・トルコ帝国の繁栄期であった。バルカン諸国はほとんど支配下にあったのだが、それに背き独立を保っていたモルドヴァ公国は異教徒の外圧に対して住民が結束する為に、キリスト教布教の徹底を図った。
そしてこの壁画たちは描かれたのである。
「最後の審判」で地獄に落ちる者たちの顔がトルコ人の顔で描かれたりしているのは
この為である。

そして、この壁画にはひとつの謎が残る。「ヴォロネツの青」と呼ばれる色だ。
この修道院群を今の世において世界的に知らしめた理由としては、
その色鮮やかな壁画が理由であるが、これはフレスコ技法を用いているからこそ、
400年近く経った今もその美しさを留めている。
その中で多くの壁画の基調を成す青色はその独特な色調故に「ヴォロネツの青」と呼ばれているが、現在の化学力を持って調査しても原料が不明である。
その謎が神秘性に拍車をかける「Manastiri Bucovinei/ブコビナの修道院群」
訪れないわけにはいかない。

各修道院群はブコビナの山々に点在している為、公共交通機関で周ると3日はゆうにかかってしまうだろう。1日で見て周るには車のチャーターがおススメ。

また、この地方などは一般の人々の交通機関はまだまだ「馬車」である。のんびりと馬車を走らすおじさんの素朴な姿を見ると、なにかしらほっと一安心する温かを感じた。

at 2000 09/02 21:52
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by oppako | 2004-10-08 01:01 | ルーマニア  

「Sighisoara(Scassburug)/シギショアラ(ドイツ名:シェースブルグ)」

ユネスコ世界文化遺産「シギショアラ歴史地区」
「ルーマニアの宝石」と呼ばれ、ルーマニア人達が口を揃えて「シギショアラに行
け」というぐらい、ご自慢のこの小さな町は、中世ヨーロッパからそのまま時を止め
たようなたたずまいで、自分がまるでおとぎばなしの中に
タイムスリップしたような錯覚すら覚える。
敢えて観光地化されていないこの素朴さが魅力のこの町は、
「歴史地区」と称されるように、町全体、空気全体が魅力的な存在だ。
特になにがあるわけでもないのだが、ぶらぶらと散歩し、疲れたらベンチに腰掛ける。
それだけでなんとも心地よい気分になれる。
ルーマニアに来たからにはぜひとも行ってもらいたい町である。

この町の歴史はそもそもザクセン人の入植から始まる。
絶頂期を迎えた15世紀頃には15のギルドを抱え、
強固な結束により守られた城塞都市であった。
また、この町はギルドによって繁栄した町なので、ドイツ系移民が多く、町の学校や
教会ではドイツ語を使われるのが普通であった。

町の見所としては「Turnul cu ceas(Stundturm)/時計塔」がある。14世紀によっ
て商工ギルドによって作られたこの時計塔は町のシンボルでもあり、現在でも時を刻
み、定時になると人形が現れるからくり時計は健在だ。
塔の内部は博物館になっていて見学できる。
時計塔の上からはこの町の四方を見渡すことができ、世界各都市への距離が示され
る。「TOKIO 8890km」の札もあり、日本人としてはなんだか嬉しい。(笑)

また、時計塔のある広場に面して「Casa de Vlad Dracul/ドラクルの家」がある。
ここはドラキュラ伯爵のモデルとなった串刺公ヴラド・ツェペシュの生家で、現在は
レストランになっている。

そこからもう少し先に行くと屋根のある木造175段の階段がある。これは
「Bergkirche/山上教会」と学校に行く為のもので、ギルドによって子供達が雨の日でも
通学しやすい為に屋根が付けられたらしい。

シギショアラはどういうわけかピザが食べれることで有名な町でもある。「ドラキュ
ラピザ」などもあるので試してみるのも一興かも。

at 2000 09/04 16:37
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by oppako | 2004-10-08 01:00 | ルーマニア